Category Archives: 写真についての覚書

私家版 写真を学ぶ人のために

写真は、自分を知るための方法の一つで、自分の魂と感性を磨くための道具です。

写真を撮るために一番必要ものは、高級なカメラや交換レンズではありません。

まず必要なものは、よく動く心・感性です。

存在を美しいと感じる心です。

そのためには、曇りのない眼差しが必要になります。

曇りのない眼差しとは、思い込まない自由な心のことです。

自分の感性を信じる心です。

被写体を人の目で見てはいけません。

人の価値観で撮影しては、あなたが消えてしまいます。

他者を意識した写真は、自分の心には響いてはきません。

自分の目で見るのです。

きっちりと自分と向かい合うことが出来たときには、写真は世界の素晴らしさを教えてくれます。

自分の感性で見るのです。

あなたが世界に心を開けば、世界もあなたに秘密を打ち明けるでしょう。

自分の心の振幅にいつも注意を払いながら、少しでも心が震えたならば、

その震えた心の意味を、カメラを通して世界に教えてもらのです。

「私はあなたが気になりました。なぜあなたに心惹かれたのでしょう」

そして、自分が心惹かれた光景や被写体を写真に収めるのです。

写真を撮り続けると、写真を通して自分と向き合う方法が分かってきます。

「今日の自分はクリアだった」「この写真は私ではない」「今日は新しい自分に出会えた」

写真は自分の心の鏡なのです。

技術はそれからゆっくりと身につけていけばいいのです。

 

この葉っぱには、昨日も呼び止められたのですが、カメラを持っていませんでした。

今日もまた呼ばれたので、何故呼ばれたのかを知りたくて写真に収めました。

この写真を眺めていると、「一人あることも、また素敵なことだよ」と教えてくれました。

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寒さの中にあること、そのことを受け入れている光景。冬の光景は、受け入れることを教えてくれます。 

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夕暮れの気配は特別で、夜の訪れを、光の眠りを、その静粛さを教えてくれるようです。

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孤独の意味

表現を通じて宇宙と出会いたいという思いがあるならば、その行為は孤独でなければならない。

それは、写真においても同じ事である。

その孤独を森有正は、「根源的孤独」という言葉で表現した。

「感覚はすべての思想、すべての作品の根源であって、独立していなければならぬ。
それが孤独ということの本当の意味である。
それ以外の孤独は感傷である。」

数十年を経て、やっとこの森有正の言葉の重みに気づく。

孤独とは「個」であることだと思う。

自己が個へと高まるとき、私は宇宙と出会い、そして繋がる。

この「根源的孤独」から得られる感覚は、表現となり、やがては多くの人の感覚や心に訴求するものになる。

 

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夏の気配

投げつけられたような光に、夏の昼下がりを感じるとき

蝉の声が熱に溶けて、気配が身体を覆う。

緻密さを欠く、もののありように

身体に覆い被さる熱が蜉蝣のように蒸発する。

一本の道を前に、目が感じる気配を捉える。

風景と自分との距離は微妙に変化し、招き寄せ、遠ざかる。

気配が最も濃厚になる場所に身体をシフトさせる。

この気配を演出する空間がすべて満たされる場所へ。

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