獏の座布団

蝉の声が弱々しい。

8月1日の太陽は隠れて、遠くの青空と雨を含んだ雲が交互に窓をかすめていく。

こんな日は仕事をしながら、気持ちは彼方へと逸れていく。

明るさへ、静けさへ、身体へ、山之口獏へと。

獏さんの「座布団」という詩を思い出している。

 

「座布団」 山之口獏

土の上には床がある
床の上には畳がある
畳の上にあるのが座布団でその上にあるのが楽といふ
楽の上にはなんにもないのであらうか
どうぞおしきなさいとすゝめられて
楽に坐ったさびしさよ
土の世界をはるかにみおろしてゐるやうに
住み馴れぬ世界がさびしいよ

 

この詩は、友人がくれた高田渡の歌で知った。

「楽に座ったさびしさ」

この言葉を知って、語らなくなった言葉が増えた。

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孤独の意味

表現を通じて宇宙と出会いたいという思いがあるならば、その行為は孤独でなければならない。

それは、写真においても同じ事である。

その孤独を森有正は、「根源的孤独」という言葉で表現した。

「感覚はすべての思想、すべての作品の根源であって、独立していなければならぬ。
それが孤独ということの本当の意味である。
それ以外の孤独は感傷である。」

数十年を経て、やっとこの森有正の言葉の重みに気づく。

孤独とは「個」であることだと思う。

自己が個へと高まるとき、私は宇宙と出会い、そして繋がる。

この「根源的孤独」から得られる感覚は、表現となり、やがては多くの人の感覚や心に訴求するものになる。

 

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夏の気配

投げつけられたような光に、夏の昼下がりを感じるとき

蝉の声が熱に溶けて、気配が身体を覆う。

緻密さを欠く、もののありように

身体に覆い被さる熱が蜉蝣のように蒸発する。

一本の道を前に、目が感じる気配を捉える。

風景と自分との距離は微妙に変化し、招き寄せ、遠ざかる。

気配が最も濃厚になる場所に身体をシフトさせる。

この気配を演出する空間がすべて満たされる場所へ。

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