遠い日を過ごした大阪の下町を久しぶりに歩いた。
細い路地が広がり、家と家、空き地と遊び場を繋いでいた。
よく遊んだ神社の境内。ゆっくりと猫先生が横切って行く。
何かが大きく変わり、何かが残されている。
光と風の交わる場所で
遠い日を過ごした大阪の下町を久しぶりに歩いた。
細い路地が広がり、家と家、空き地と遊び場を繋いでいた。
よく遊んだ神社の境内。ゆっくりと猫先生が横切って行く。
何かが大きく変わり、何かが残されている。
熊野から友人が遊びに来てくれた。
吉野山を訪ねたけれど、桜はまだつぼみの状態で、2~3日早すぎたようだ。
吉野山は来週の中程が見頃かもしれない。
散歩途中の桜は八咲き。
花より団子のエルクとサテ
友人が制作したアクセサリーを持って遊びに来てくれた。
その中の一つがサンキャッチャー。
少し西に傾いた太陽の光を受けて、美しく輝いている。
クリスタルを通過する光りは、プリズムのように光りを虹色にして、放出する。
万華鏡の中に迷い込んだように幻想的で光りに溢れている。
サンキャッチャーの光りを手で受ける。
太陽の光がサンキャッチャーの中で散らばり、手に反射する。
制作者のぱなぬふぁさんは、人と人を繋ぐアクセサリーを作りだす。
切れかけた糸を紡ぐように心と心を繋ぐ。
一つずつは小さな部品でしかないビーズが、細い糸で繋がり美しい模様を作り出すように。
両手で光りを受けている人は、和太鼓インストラクターの容子さん。
表現者である容子さんは、差し出した手で光りと挨拶をする。
光りを両の手で受けてもらう。
尾崎放哉に、「いれものがない両手でうける 」という句がある。
両の手の中で輝き、散らばる光りを見ていると、放哉の心が少し解りかけたような気がする。