吉野山の紅葉

吉野山を30分ほど歩くだけで、たくさんの秋の終わりと出合う。木立の先を吹く風は師走の予感を含んでいた。静まる心と焦りの汗に吐息が漏れる。
葉を落とす木々はとても静かで、ゆっくりと、とってもゆっくりと春を待っている。

三毒

仏教では人間のもつ煩悩を三毒といい、善根を害する三つの心の動き、貪欲(とんよく)・瞋恚(しんに)(怒り)・愚痴(ぐち)の事を表す。若いときは自分の煩悩が嫌で何とか逃れたい、消したいと思って、本を読んだり、瞑想のようなことを試みたりしたが、少しも煩悩は消えなかった。
しかし60歳を過ぎポンコツになってくると、この三毒も自分の個性ではないのかと思えるようになった。自分の一部だと。自分の煩悩の深さに呆れながらも、この三毒と一緒に歩いて行けるような気がする。ただ、人前でこの三毒が目立つとさすがに都合が悪いので、少しだけ後ろを歩くようにお願いしている。

これが愛されるポンコツになる秘訣かもしれない。

ポンコツ

先日、自分がポンコツであるということを知ったので、少し心が軽く、そして心地よい。
年を取ると言うことは、ポンコツになることかもしれない。愛されるポンコツ、何か格好いい。

デジタルカメラは古くはなってもポンコツになる前に壊れそうなので、少し寂しい。
ポンコツになりそうにないカメラを持って散歩に出た。北野台の公園の桜はすっかり散ってしまい、深まりゆく秋の風景が疲れた目に心地よい。

しかし撮影してきた写真は、どこか小難しい。もう少し肩の力の抜けた写真を撮れるようにならないかしらと思ったりもした。