光り輝くとき春が来る。
雪の日
少し前の雪の日の写真。この日の雪は春先の雪に似て重く湿っていた。積もることのない雪。梅の木でつがいのメジロが囁いている。梢から落ちる水滴が雪に模様を作る。
この雪は木の葉の汚れを流し、冬枯れの草を洗い、土に染みこんでいく。
心の澱はどのように流せばいいのだろう。この雪とともにいろいろなことが流れていけばいいのに。
三世
昭和を30年、平成を30年生きた。バブルの時代に大阪で働いていた私は、この国の急激な興亡を目の当たりにした。平成に入りグローバル化の波が押し寄せて、世界での自分の順位が分かるようになり、SNSは極端な不安と少しの利便性を私に与えてくれた。
商品価値が至上となり、地域のイベントや神事さえも経済の中に組み込まれ、すべてが商品として価値があるかどうかで判断され、装われるように私には思われた。
熱狂の昭和から苦悶の平成を経て、令和を迎えた。
令和元年の初日、やさしい恵みの雨が降っている。
冷静で穏やかな、そして新しい価値観が創造される年になればいいと思う。
人類が人類の知恵によって作り出してきた、人類の価値観の結晶である現在に、息苦しさを感じるのなら、違う価値観を創造するのも、人類にしかできないことなのだろう。
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように
「慈悲の瞑想」の言葉と共に私の令和が始まった。