石牟礼道子を悼む

言葉の持つ重み、強度を教えてくれたのは、石牟礼道子さんの作品だった。

私は水俣病は現代の試金石だと思っている。

この公害をどう考え対処するかで、人間の将来がかわるような気がする。

この病の深さ、つらさを自分の言葉できっちりと紡ぎ出した石牟礼道子は神の依り代だろう。

その石牟礼さんに

「祈るべき天とおもえど天の病む」

という句がある。

もう私たちの天は本当に病んでしまったのだろうか。

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