出会えるものとは出会っておこう
夏の日差しが厳しくても
深い呼吸の吐ききる瞬間に
心の動きが止まるから
その瞬間に出会ったものを大切にして
鳩尾の近くで小さなかたまりを感じたら
やさしく受け止めて
そのかたまりが育つのを待とう
言葉にすると消えてしまうから
じっと見つめるだけにして
自分が探していて、自分の知らない言葉
自分が感じていて、自分で分からない感覚
小さなもの、やさしいものほど
そっとやってくるから
出会えるものとは
出会っておこう
光と風の交わる場所で
奈良市内での仕事が早く終わったので、お気に入りのPEACE PEACE PEACEへ少し遠回り。
マンデリン・スマトラとバタートースト。
友人は、これを「黄金コンビ」と呼んでいた。
火力の強いトースターで焼くので、表面はパリっと、中はしっとりとしていて、とても美味しい。
マンデリンは、最初苦みが舌に広がるが、少し時間が経つと、ゆっくりと甘みを増してくる。
少し温度が下がっても雑味はなく、すっきりとした味が続く。
この珈琲の味が私のデフォルト。
時々確かめに来ないと、ほんとうに美味しい珈琲の味を忘れてしまいそうだ。
ゆっくりとした時間と美味しい珈琲
雨が樹木をゆっくりと揺すっている。
アン・サリーが流れ、時間が止まる。
お店の奥に素敵なテーブルと椅子が並んでいる。
地味な楢材を使い、センスよく仕上げた家具。
目立たないことが、美しさを感じさせる不思議な家具だ。
源流から湧き出る清水のような味わい。
確かな技術で組まれた職人の家具。
ここのオーナーもまた素晴らしい職人だ。
PEACE PEACE PEACEで過ごす贅沢な時間。
暖かく迎えてくれるオーナー
どうもありがとうございます。
夏芙蓉、オリュウノオバ、高貴な汚れた血、そして路地。
夏の日差しの中に咲く芙蓉を見ると、中上健二の世界が過剰に想起される。
光当たる場所から見る路地の闇の世界。
路地の中で濃厚に繰り広げられる生と性と若者の死。
世界が白々とした明るさを持つほどに、他界としての路地は暗さを増す。
夏の強い光が、濃い影を生み出すように。
新宮にあったこの路地が更地になり、新しいビルが建つように、この国から多くの路地が消えていった。
路地の闇が消えていくほどに、人の心の闇が増えていくような気がする。
世界が平坦に美しくなるほどに、私たちは息苦しくなるのかもしれない。
人が生きるというその根底には、得たいの知れない渦巻くエネルギーが在るのだろう。
中上健二の「千年の愉楽」には、私たちが忘れてはいけない、生き物としての人の在りようが書かれている。
「オリュウノオバは霊魂のオリュウノオバにむかって、いつも床に臥ったままになってから身辺の世話や食事の世話をしてくれる路地の何人もの女らに訊かれて答えるように言って、霊魂のオリュウノオバが風にふわりと舞い、浜伝いに船が一隻引き上げられた方に行くのを見ていまさらながら何もかもが愉快だと思うのだった。オリュウノオバは自由だった。見ようと思えば何もかも見えたし耳にしようと思えば天からの自分を迎えにくる御人らの奏でる楽の音さえもそれがはるか彼方、輪廻の波の向うのものだったとしても聴く事は出来た。」
中上健二「千年の愉楽」